「悪について」

14-227

私たちが悪として分類しているものは、実のところ、自分自身の痛みを感じることを拒絶した人が,他者に与えている苦痛か痛みのことです。痛みは絶え難いものです。自分の内面に抑圧した痛みを感じるよりは,その痛みを回避する戦略として彼らは他者に痛みを与えるのです。

虐待する人たちのほとんどは、彼ら自身が虐待を受けていました。 憎しみは愛されていないという感情への反応です。これまで,一度も愛されたことが無いならば、どのようにして他者を愛することができるのでしょう。

愛されていないという感情がすべて内面に抑圧されたままであれば、その痛みの感情は怒りへと変わり,怒りは憎しみへと変わり,そして,憎しみは暴力へと変わるのです。

そして、それを悪だとわたしたちは批判します。巌しく責めて罰しますが、わたしたちはめったに悪の暗闇の中心を覗き込みません。その悪の暗闇の中心を覗くと、わたしたちはそこに最も深いレベルの絶えきれない痛みを発見するでしょう。そしてその痛みのまさに中心に,絶望的なほど、愛を欲して震えている子供を発見するでしょう。”                           レナード・ジェイコブソン

 

 

広告
カテゴリー: Uncategorized パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中