“私は誰?”

第4章の“あなたのエッセンスである愛” にはいります。私は誰?というグレンダの質問に対して,イエスはいつも『あなたは愛です』とお答えになります。そしてこう説明してくださいます。

“すべての人が愛として創造されました。しかし、その愛が現在どうのような状況にあるかは,それぞれの人の健康状態、過去の選択、人生に対処する能力の反映です。多くの場合,愛の内なる力はなおざりにされ,信頼されず,乱用され否定されます。庭にあるバラの花は、たとえ萎れていようとカビで覆われていようとバラであることに変わりはありません。あなたの周囲に見かける憔悴した不安な顔は、愛に破れ愛を否定された人々の顔です。

人の本当の性質が行動の動機から分離されると、その人の行動は仮にネガティブなものであっても、その人が誰であるかを計る本物の物差しとして行動が尊重されることになります。そう言う状況になると 愛が根源の力であることはもはや理解されなくなり、単なる行動ないしは感情として理解されることになります。そのような状態では、愛がなんであるかについて誤解するだけでなく,その人が誰であるかにかんして誰もが誤解することは確実です。

愛を外的な力と考えている限り,愛は人生の条件に屈服することになります。視野を拡大して外を見ても無条件の愛にたいする究極的な答えは 提供されません。そこでその線からの思考を一時中断して,別な観点から愛をみることにしましょう。愛の真実に話を戻して、あなたは 愛であるということ、愛は行動ではないということ、人に与え,取引するための商品でもないということについて考えてみましょう。愛をテコとして使う事はできません。物ぶつ交換として使う事もできません。お金として交換することもできません。愛を所有して他の人よりも多くの愛を持っていると自慢することもできません。愛を真の意味で理解すると,愛を外的な要因と見なす事はできなくなります。”

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