あなたは愛です。

 

8年の間にぼろぼろになるまで親しんだ聖書ですが、 その後すっかり遠のいています。その聖書の中で,”コリント人への第一の手紙” の愛の章、ここだけは必死で暗記しようとがんばりましたので,今でもこの章の始まりはしっかりと記憶に残っています。

『たといわたしが人々の言葉や 御使いたちの言葉を語っても、もし愛がなければ、私はやかましい鐘や騒がしい鐸鉢と同じである。たといまた、私に預言する力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また山を移す程の強い信仰があっても、もし愛がなければ,私は無に等しい。たといまたわたしが自分の全財産を人に施しても,また自分のからだを焼かれる為に渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

愛は寛容であり、愛は情け深い。またねたむことをしない。愛は高ぶらない,誇らない,無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない、不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そしてすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、全てを耐える。愛はいつまでも絶える事がない。』

学生のときは夢中で暗記していた愛の箇所ですが、社会人になってからは,ほとんどの日本人の例で,愛という言葉を日常で使う事に抵抗しました。 愛するとはなんて大げさで不自然な言葉だろう。そして好きという言葉で間に合わせました。さらに無条件な愛という言葉に接して、その頃は 母親になっていましたので、そうか母の愛のことかしらと納得しました。今,イエスの本を読んでいて、彼が繰り返し語る”愛”、やっと真の意味での愛と向かい合っています。SUMI

 

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