裁かない

辻さんのワークショップで出会ったとても魅力的な女性達。 つかの間の楽しいおしゃべりの時間を共有しました。 日々の、日常生活の中で交遊できたらどんなにうれしいか!とスイスに戻る事がとても残念でした。でも これが私の選んだ人生、 お会いできただけでも感謝して、またの機会を楽しみにして、といつも同じフレーズで、パターンです。

彼女たちは ゲーリー・ボーネルさんの学校(日本で)に通った方々で、共通していたのは とても“確かであること”。一年かけてじっくり学んできた方々には、 うらやましい程の信念がありました。

彼女たちのいろんなお話を聞けるのはわくわくすることでした。 そして彼女達の影響で読み始めたのが、 ビュイック・ドライバー、”アカシャ光の叡智” です。前に書きました“新次元の叡智”の続編となっています。まだ読み終わっていませんので、何とも言えないのですが、 それでも 心に残るフレーズがたくさんありますので、 その箇所を書き出してみたいと思います。ゲーリーさんが繰り返しているのは、絶対に人を裁いてはいけないということ。(でもそのなんと困難なことか・・)

『人間が、自分が誰であるかを忘れている一番の原因は“裁き”にある。裁きはそれがどんなものであっても、君らの意識内の障壁として振る舞うようにできているのだよ。言い換えるなら、“キリスト意識”と“人間意識”とを隔てる、ある種の隙間としてね。自分以外の人たちのパーソナリティを変える事は不可能なこと。彼らのパーソナリティは 彼らが身につけた生存のための手段なのだよ。』

以上は何度も何度も学んできたことだけど、理不尽な事なんかがあると、つい相手を責めたり 相手が変わってくれる事を期待したり、そんな事の繰り返しでした。その人がその人であることを感謝して受け入れる。これもまた、とてもシンプルなことだけど、極めて難しいことですね。 SUMI

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