手放す

精神世界の本とか、セミナーでよく使われる言葉に “手放しなさい”という言葉があります。言うはやさしいけど、実行するのには非常に困難な言葉です。

手放す対象もピンからキリまであって、どんなに高価な物であってもそれが物体である限りはどうにか理解できても、対象が、精神的なもの、息子とか、夫とか、深く自分にかかわってきたもの、また 科学者であれば、一生かけて探し求めてきた、自分なりの解答であったり、千差万別です。それでも手放さなければならない時があるのです。そうしなければ次のステップにいけないということはわかっていても正直、どうしてよいかわからない、と苦しみます。自分の利害だけでなく、家族や友人の生活がかかっている時、他人の人生がかかっている時 私の責任とはなんだろう? いよいよ迷い込みます。

本人がどうしたら手放せるかと悩んで苦しんで悶々としていると、外野席は無責任に、“手放せば良いのよ! 手放してしまいなさい!” いとも簡単に言い切ります。そして“そんな簡単なことができないの? これこそ、精神世界の正道ヨ!”と言った態度です。こんな経験を何度もしてきました。

小さな事では簡単。努力もできるし、手放してすっきりもできる。でも手放したくても手放せないから苦しいのです。学ぶということは 書物の中、頭の中だけのことではなくて、実際に自分が経験して初めて血となり、肉となるのだという事が解るのはこんな事をとおしてです。

写真は イタリアとスイスにまたがるマジョーレ湖を北の端のロカルノからケーブルカーにのって着いたカルダダから イタリアの方面をみました。 遥か向こうの山の途切れるあたりがミラノです。SUMI

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